2008年9月13日土曜日

ローマの神々

門をくぐってなかに足を踏み入れると、フォルムと呼ばれる広場があります。
その正面には3つの神殿が並んでいます。














(写真左)最も当時の状態を保っているミネルウァ(知恵と工芸を司る女神)神殿
(写真中)修復中のジュピター(気象現象を司る神)神殿
(写真右)最も破壊されているユノ(ローマ最高の女神で家庭の神とされる)神殿


もちろんその当時は、建物は屋根で覆われ、薄暗い神殿の中に入れば、そこに神の像が安置されていたのですが、今では見ることができず、残念です。


   そんな空間で神々と対面したのな
      
             どんな気持ちがしただろう・・。

これって日本でいえば奈良や京都にあるお寺の金堂や講堂に阿弥陀如来仏や薬師如来仏が薄暗い建物の中に安置されているでしょう。その仏像がロウソクの明りに照らされ、浮かび上がって荘厳な姿を拝見するのに近いのでしょうか・・。

   薄暗い中に浮かび上がる仏や神・・


            すごく御利益がありそうですね♪


 さあ、ミネルウァ神殿にもっと近寄ってみましょう! 

が正面に4本並んでいます。
その柱の先端=柱頭(梁の付根)の装飾を見ると、柱頭に上下8枚ずつ、互い違いにアカンサス(植物の葉っぱ)を模して彫り込まれているので、この柱は「コリント式」であることがわかります。

もしかして、高校の世界史で習った人もいるのでは・・・そう、他にもイオニア式とかドリス式とか聞いたことあるでしょう・・・?

<インディ先生の豆知識>
このコリント式の起源は、紀元前5世紀にギリシャのアテネ人によって発明された後、ローマ時代、さらにはルネサンスの頃まで建築様式として受け継がれているものですね。

9 件のコメント:

助手のたまこ さんのコメント...

インディ先生・・

お久しぶりでございます。
助手のたまこもいろいろと
大変なんですわよ(^^;)

さて・・コリント式ですが・・
全く・・記憶が・・欠片も
ございません!!(>_<)
世界史、そんなに嫌いじゃ
なかったんですがねぇ。

先生、これはイオニア式や
ドーリア式と、どのように
違うのでしょーか・・?

匿名 さんのコメント...

あらっ、世界史の勉強はさぼっていたのでしょうか!?

まあ、いいでしょう。
たまこ助手の質問に答えましょう!

(ドリス式/ドーリア式)
紀元前7世紀にギリシャで成立し、ギリシャ全域で神殿の柱様式として使われています。柱は,高さに対して太めで、表面には縦方向に20本の溝が巡っています。
床に直接、柱を立て、その先端には方形の石が挟まれているだけのシンプルなものです。

(イオニア式)
 ドリス式に一歩遅れて紀元前6世紀にイオニア(ギリシャの南、エーゲ海沿岸)で、ドリス式にオリエント調を加えて成立したものです。
柱は、ドリス式に比べてスリムで、表面には縦方向に24本の溝が巡って優美に見えます。柱の根元には、柱を受ける基礎が敷かれています。柱頭には渦巻形の装飾が特徴となっています。

ということは、ドーリア式→イオニア式→コリント式の順で発生したものですね。

助手のたまこ さんのコメント...

インディ先生・・

Oh~素晴らしいです~(^.^)
ホントに先生みたい~って・・・
インディ先生だったわよ~!!

時を経て、優美に・・そして繊細に
職人たちの技が磨かれてゆくのですね

コリント式っていうのはギリシャの
コリントス地方から生まれたとどこかに
書いてありました・・

先生、たまこもひそかに勉強していますよ
(^_^;)えへへ~

匿名 さんのコメント...

よく地名やなどが様式や基準名につけられることは、日本でもありますよ。

たとえば、日本のお寺の伽藍配置には、有名な斑鳩の法隆寺や大阪の四天王寺などの名称が使われていたりします。
法隆寺なら塔と金堂が並列して並んだ形式の事を言い、四天王寺なら塔と金堂が一直線に並んだものを言いまよね。

あと弥生時代っていうのも東京都文京区の弥生町で発見された土器によって弥生土器とつけられ、その土器を使っている時代から弥生時代ってなってますよ。

探せばいろいろありそうですね♪

助手のたまこ さんのコメント...

インディ先生・・

伽藍配置・・読めませんで、
助手のたまこはこっそり
調べてしまいました。

先生にいろんなお寺を案内して
説明を受けたいものです。

弥生町ってどうも`あの´東京大学が
あるところみたいですねー
知らなかった~

ちなみに縄文土器はどこが
一番最初だったんでしたっけ?

それも授業で習ったのかしら~(^^)

匿名 さんのコメント...

お寺は、いずれ海外から帰国したときにご案内しましょう♪

縄文土器で一番最初って「大森貝塚」のことでしょうか!?

日本の考古学の原点っていう感じです。
というのもモースというアメリカ人が、日本で初めて貝塚を発掘し、科学的方法を用いて研究し、その成果を報告書として刊行したことで有名なんです。

おそらく日本史で習っているかと・・・

ぜひ、京浜急行に乗ったときには大井町と大森駅の間にある大森貝塚の碑を電車の窓から見てくださいね!
大森から大井町方面に向かってで左手ですよ。

助手のたまこ さんのコメント...

インディ先生・・

そうだったのですねー(^_^)
大森貝塚~
聞いても薄っすらしか思い出せない
ダメな助手です・・

大森~大井町・・うん・・聞いたことが
ありますね。
ええ~あんなところに土器がっ!!
さぞ、発見した方は
『ドキドキ』した・・かな?(>_<)

でもそうかー海外のお話だけじゃなくて
この日本のお話も楽しそう~。

先生はネタが沢山あるんですもんねー
って・・ネタじゃないって!?

匿名 さんのコメント...

大森貝塚のことを知らなくておかしくはありません。だって、発見されたのは、もう百年以上も前のことなんですから・・・

大森は今でこそ東京湾から入り込んでいますが、昔は海に近い所にあったようです。
貝塚から発見されたものには、当然、海で獲れる貝や魚の骨などがありますから。

たまこ助手が言うように
土器を発見したときは
『ドキドキ』したと
モースがそうもーすとおりました(笑)

たまこ助手に負けじと
落語家になろうかなぁ~

助手のたまこ さんのコメント...

インディ先生・・

朝も早よーから、
ダジャレなんか言っちゃって(^-^)

大森といえば海苔ですわねぇ。
あのあたりはそれこそ昔は
海だったと思います。

そういえば大森の先に
昨年だったでしょうか、
人工的な海岸を作ったと
テレビがモースておりましたよ。

(^_^;)
目指せ!!ダジャレ王♪